東京地方裁判所 平成7年(行ウ)42号 判決
原告 上山英志
被告 雪谷税務署長
代理人 仁田良行 堀久司 ほか二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が、原告の平成二年一二月四日相続開始に係る相続税について、平成四年七月三一日付けでした原告に対する更正のうち課税価格一億九一三九万四〇〇〇円、納付すべき税額七三七六万六七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す(以下、右更正を「本件更正」と、右賦課決定を「本件賦課決定」とそれぞれいい、両者を併せて「本件処分」という。)。
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、被相続人上山英子の死亡により、いわゆる取引相場のない株式である訴外大日本除蟲菊株式会社(以下「訴外会社」という。)の株式四万六五〇〇株(以下「本件株式」という。)などの財産等を共同相続(相続人は原告を含めて五名、法定相続分各五分の一、以下「本件相続」という。)した原告が、課税価格に算入すべき本件株式の価額を「配当還元方式」により一株当たり五〇〇円と評価して相続税の申告をしたところ(ただし、相続財産が未分割であったため、法定相続分に従って相続財産を取得したものとして申告した。)、被告が右方式による評価を否認して本件処分をしたため、その取消しを求めている事案である。被告は、一株当たりの価額は一万六七四三円になると主張している。
二 本件相続に係る相続税の課税価格の内訳等
1 被告は、本件相続により原告が取得した財産の価額、債務の金額等は別表1記載のとおりであり、それを基にして計算した課税価格、納付すべき相続税額等は別表1、2各記載のとおりであると主張する。そして、本件株式の一株当たりの価額は一万六七四三円であるから、原告が法定相続分に従って取得した本件株式九三〇〇株の合計価額は、別表1順号1の原告分欄記載の一億五五七〇万九九〇〇円になると主張する。
2 原告が取得した財産の価額、債務の金額等、それを基にして計算した課税価格及び相続税額の計算方法については、本件株式の価額に関する部分を除き、いずれも当事者間に争いがない。原告は、本件株式の一株当たりの価額は五〇〇円であるから、原告が法定相続分に従って取得した本件株式九三〇〇株の合計価額は、四六五万円であると主張する。なお、原告の本件相続に係る相続税の申告とこれに対する課税処分等の経緯は、別表3記載のとおりである。
三 本件における取引相場のない株式の評価方法に関する課税実務(争いのない事実)
1 相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によると規定し、右「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されているが、客観的交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、国税庁長官が各国税局長あてに発した「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六・直審(資)一七、国税庁長官通達、本件に適用されるのは平成三年三月四日付け直評三による改正前のもの、以下「評価通達」という。)に定められている評価方法により画一的に相続財産を評価している。
2 評価通達によれば、取引相場のない株式とは、上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいい、その価額は、その銘柄の異なるごとに一株単位で評価し(評価通達一六八)、評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を特定の評価会社とそれ以外の評価会社(以下「一般の評価会社」という。)に分けて異なる評価方法を定めるほか、同族株主以外の株主等が取得した株式については特例的評価方式を定めている(評価通達一七八)。
3 一般の評価会社の株式評価方法
一般の評価会社の株式については、その評価会社の資産規模及び取引金額に応じて、大会社、中会社、小会社の三つに区分し、その区分ごとに異なる評価方法によって評価する(評価通達一七八)。すなわち、原則として、大会社については「類似業種比準方式」によって、小会社については「純資産価額方式」によって、中会社については「類似業種比準方式」と「純資産価額方式」との併用方式によってそれぞれ評価する(評価通達一七九)。「類似業種比準方式」とは、評価会社の配当、利益及び純資産の各要素を評価会社と事業内容が類似する上場会社のそれらの平均値と比較の上、上場会社の株価に比準して評価会社の一株当たりの価額を算定する方法をいい(評価通達一八〇)、「純資産価額方式」とは、評価会社の課税時期現在における資産、負債を評価通達に基づいて評価替えし、そこから評価差額に対する法人税額等相当額を控除して評価会社の一株当たりの価額を算定する方法をいう(評価通達一八五)。
4 特定の評価会社の株式評価方法
評価会社のうち、〈1〉株式保有特定会社、〈2〉土地保有特定会社、〈3〉開業後三年未満の会社等、〈4〉開業前又は休業中の会社、〈5〉清算中の会社の五つの会社を特定の評価会社として、〈1〉の会社については純資産価額方式又は評価会社の資産を株式及び出資の合計額とその他の資産の額に二分し、前者に純資産価額方式を適用し、後者に一般の評価会社の株式評価方式(大会社にあっては、類似業種比準方式)を適用して評価会社の一株当たりの価額を算定する方法(以下「S1+S2方式」という。)によって(評価通達一八九―二)、〈2〉ないし〈4〉の会社については純資産価額方式によって(評価通達一八九―三、四)、〈5〉の会社については清算分配見込額の複利現価による評価方式によって(評価通達一八九―五)、それぞれ評価する。
「株式保有特定会社」とは、課税時期において、評価会社の総資産価額(相続税評価額ベース)に占める株式及び出資の価額の合計額の割合が二五パーセント以上(中会社及び小会社については五〇パーセント以上)の評価会社をいう(評価通達一八九の(1))。
5 同族株主以外の株主等が取得した株式の評価方法
(一) 同族株主のいる会社において同族株主以外の株主等が取得した株式(評価通達一八八)については、3及び4の株式保有特定会社等に関する評価方式の例外として、「配当還元方式」によって評価する。「配当還元方式」とは、株価構成要素のうち配当金だけに着目して、配当金を収益還元することによりその元本である株式の価額を算定する方法をいう(評価通達一八八―二)。
(二) 同族株主以外の株主等が取得した株式の範囲
配当還元方式を適用する「同族株主以外の株主等が取得した株式」には、次のものの外、同族株主のいない会社の株主につき、取得後の持株割合が所定の比率未満のものが含まれる(評価通達一八八)。
(1) 同族株主のいる会社の株主のうち、同族株主以外の株主の取得した株式
右の場合において、「同族株主」とは、課税時期における評価会社の株主のうち、株主の一人及び法人税法施行令四条に規定する同族関係者の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の三〇パーセント(その評価会社の株主のうち、株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数が最も多いグループの有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の五〇パーセント以上である会社にあっては、五〇パーセント)以上である場合におけるその株主及びその同族関係者をいう(評価通達一八八の(1))。
なお、法人税法施行令四条一項は、個人たる同族関係者として、〈1〉株主の親族、〈2〉株主とまだ婚姻の届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者、〈3〉個人である株主の使用人、〈4〉右〈1〉ないし〈3〉に掲げる者以外の者で、個人である株主から受ける金銭その他の資産によって生計を維持しているもの、〈5〉右〈2〉ないし〈4〉に掲げる者と生計を一にするこれらの者の親族を掲げる。
(2) 中心的な同族株主のいる会社の株主のうち、中心的な同族株主以外の同族株主で、その者の取得後の株式数がその会社の発行済株式数の五パーセント未満である者(課税時期において評価会社の役員である者及び課税時期の翌日から法定申告期限までに役員となる者を除く。)の取得した株式
右の場合において、「中心的な同族株主」とは、課税時期において同族株主の一人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の婚姻の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の二五パーセント以上である場合におけるその株主をいう(評価通達一八八の(2))。
(三) 取引相場のない株式の評価上の株主及び評価方式の判定に当たって、取得株式の割合は、遺産分割がされたときは、その結果取得する株式数をもって算定するが、その株式が共同相続人間において未だ分割されていない場合には、納税義務者がその未分割である株式の全部を所有するものとして、その判定を行う(平成二年一二月二七日付け直評二三他「相続税及び贈与税における取引相場のない株式等の評価明細書の様式及び記載方法等の改正について」)。
四 訴外会社及びその株主の状況等(証拠により認定した事実については適宜証拠を掲記する。その余の事実について当事者間に争いがない。)
1 訴外会社は、殺虫剤や農薬等を製造販売する株式会社であり、課税時期における資本金は九六六〇万円、本件相続開始の直前期末における総資産価額は二一三億二二九六万二八八二円、同直前期末以前一年間における取引金額は二三一億八〇六一万二四〇一円であって、評価通達一七八に定める「大会社」に該当する。
また、訴外会社の本件相続開始の直前期末における貸借対照表に記載された各資産を評価通達の定めるところにより評価した場合、その価額の合計額は六二六億五六〇五万八〇〇〇円であり、そのうち株式及び出資の価額の合計額は三三四億八七六七万三〇〇〇円であって、総資産価額に占める株式等の価額の割合は約五三・四五パーセントとなることから、同社は、評価通達一八九の(1)に定める「株式保有特定会社」に該当する。
2 本件相続開始日における訴外会社の発行済株式総数は一九三万二〇〇〇株であり、その株主の内訳・親族関係は別紙「訴外会社の株主の状況」記載のとおりである。すなわち、原告は、訴外会社の株式九万六五〇〇株(発行済株式総数に占める割合(以下「持株割合」という。)約四・九九パーセント)を有していたところ、本件相続により、本件株式四万六五〇〇株の全部を相続した場合には合計一四万三〇〇〇株(持株割合約七・四〇パーセント)の株式を保有することになり、法定相続分(五分の一)に従って相続した場合には合計一〇万五八〇〇株(持株割合約五・四八パーセント)の株式を保有することになる。
3 法人税法施行令四条一項一号にいう「親族」の範囲を民法七二五条に定める六親等内の血族、配偶者及び三親等内の婚族とした場合、訴外会社の個人筆頭株主である上山英介を株主の一人にとれば、同人及びその同族関係者(別紙「訴外会社の株主の状況」の表中において「英介グループ」と記載されている株主をいう。)の有する株式の合計数は一七六万三五二〇株(持株割合約九一・二八パーセント)であって、発行済株式数の五〇パーセント以上になることから、訴外会社は同族株主のいる会社ということになる(評価通達一八八の(1))。
4 英介とその配偶者(上山安子)及び兄弟姉妹(上山満智子、上山香代子)の有する訴外会社の株式の合計数は六九万九四五〇株(持株割合約三六・二〇パーセント)であって、発行済株式数の二五パーセント以上となることから、訴外会社は中心的な同族株主のいる会社ということになるが、原告は中心的な同族株主には該当しない(評価通達一八八の(2))。
5 原告固有の持株数と亡英子の持株数に原告の叔母である吉林真紀子、中里真里子、高橋美知子及び武田美年子の持株数を加算した合計株数は三八万二六〇〇株であり、その持株割合は約一九・八〇パーセントである。
6 訴外会社の発行済株式中、右三八万二六〇〇株を除く全株式は、亡上山勘太郎(旧名英夫)の妻、子、子の配偶者及びその影響下にある法人、団体(以下「勘太郎グループ」という。)によって保有されており、訴外会社の役員は、原則として勘太郎グループによって占められている。原告の祖父亡上山英三は、昭和三一年三月二日から昭和五六年一一月二九日まで非常勤取締役をしていたが、同人の死亡後、同人の妻及び子孫の中から訴外会社の役員に就任した者はいない。また、原告や原告の叔母四名が訴外会社から受けている利益は一株当たり五〇円の配当のみであり、それ以外の利益を受けたことはない。(〈証拠略〉)
7 本件株式を純資産価額方式で評価すると一株当たり一万七四七五円に、S1+S2方式で評価すると一万六七四三円に、配当還元方式によって評価すると五〇〇円になる。
五 争点
本件の争点は、被告が、本件相続に係る本件株式について、S1+S2方式によって評価したことの適否であるところ、これに対する当事者の主張の要旨は以下のとおりである。
1 被告の主張
(一) 前記三記載のとおり、評価通達は、取引相場のない株式の評価に当たって、株式の取得者の態様に応じて、同族株主以外の株主等の取得した株式については配当還元方式を採用し、同族株主の取得した株式の評価については、評価会社の事業規模及び特性に応じてそれぞれ所定の評価方式を採用し、その実態に沿った評価を行っているところであり、評価通達に規定された右評価方法は合理性を有するから、右評価方法によらないことが正当として是認され得るような特別の事情がある場合は別として、そのような事情の見当たらない本件においては、評価通達に基づいて評価することが相当であり、その評価額は相続税法二二条にいう「時価」に該当する。
(二) 前記三4及び四1記載のとおり、訴外会社は株式保有特定会社に該当するから、その株式については純資産価額方式又はS1+S2方式によって評価するのが原則である。
(三) 法人税法施行令四条一項一号の「親族」の定義、範囲に関しては、税法に特別の規定等を設けていないから、民法七二五条に定める六親等内の血族、配偶者及び三親等内の婚族をいうものと解するのが相当である。そうすると、前記四3記載のとおり、原告は、上山英介の五親等の血族であるから、同人の同族関係者に該当する。また、前記四2、4記載のとおり、原告は、中心的な同族株主以外の同族株主であるが、本件相続による本件株式取得後の株式数は訴外会社の発行済株式数の五パーセント以上に該当する約七・四〇パーセントである。したがって、原告が本件相続によって取得した本件株式は、前記三5(二)記載の「同族株主以外の株主等が取得した株式」の要件のいずれにも該当せず、特例的評価方式である配当還元方式によって評価することはできない。
(四) 以上から、原告が本件相続によって取得した本件株式の評価方式は、原則的評価方式である純資産価額方式又はS1+S2方式によるべきであり、前記四7記載のとおり、S1+S2方式による本件株式の一株当たりの価額は一万六七四三円であって、純資産価額方式の一万七四七五円よりも低額であるから、本件株式の一株当たりの価額は一万六七四三円とするのが相当である。
2 原告の主張
(一) 原告は、評価通達の定める取引相場のない株式の評価のうち、同族株主とそれ以外の株主とを区別し、異なる評価方式によって評価すること自体を争うものではなく、同族株主の範囲の決め方に合理性がないと主張するものである。同族株主の有する株式がそれ以外の者の有する株式より高い評価を受ける理由は、同族株主以外の株主は会社から配当を受けること以外に経済的利益を受けることを期待し得ないのに反し、同族株主は、同族の持株を結集することによって、自己・配偶者・親・子又は兄弟姉妹等の近親者が会社の役員となり、会社を支配し、高額の給与、賞与、退職金を受け取り、その他有形無形の利益を受け得るほか、自らの選択において会社を解散し、清算配当を受け得るという点にある。そうだとすると、株式評価上の同族の範囲については、共同して会社を支配し得る可能性の濃淡を基準として決めるのが妥当である。
(二) 右の観点からすると、まず、評価通達一八八において同族関係者の範囲に六親等内の血族までも含めることには合理性がない。六親等の血族(これは従兄弟の子供同士に当たる。)に「血縁の力」を認めようとするのは、時代錯誤的な考え方である。法律の規定において、六親等内の血族を一括してこれに一定の制約を課す例は稀であり、各法律の立法趣旨に従い、六親等内の血族のうちの一定範囲の血族に対し制約を課す例がほとんどである(例えば、民法七三〇条の互助義務は同居の親族、同法八七七条二項の扶養義務は三親等内の親族、民事訴訟法二八〇条の証言拒絶権は四親等内の血族をそれぞれ対象としている。)。このことは、六親等内の血族を無批判に親族とすることに合理性がないことを示しているのであって、同族関係者の範囲については四親等内の血族とするのが合理的である。原告は、上山英介の五親等の血族であるから、同人の同族関係者には該当しないというべきである。
(三) 次に、評価通達一八八の(2)では、中心的な同族株主以外の同族株主で、取得後の保有株式が五パーセント以上の者については配当還元方式を適用しないとしているが、右五パーセント規制には何ら合理的根拠はない。評価通達一八八の(1)によれば、甲及びその同族関係者(甲同族グループ)が五〇パーセント以上を保有する場合には、同族株主は甲同族グループとされる結果、乙同族グループが四九パーセントの株式を保有する場合でも、乙同族グループの株主の有する株式には配当還元方式が適用されることになるのであって、評価通達の趣旨は、会社経営に参画し、これを支配できない株主の株式に対しては配当還元方式を適用するとしているのである。そうであれば、中心的な同族株主以外の同族株主について保有割合規制が必要であるとしても、その割合は、会社に対する支配力の有無から決せられるべきであって、一律に五パーセントをもって規制することは不合理である。原告は、前記四6記載のとおり、訴外会社の経営に参画し、これを支配できない株主であるから、右五パーセント規制の適用を受けないというべきである。
(四) 以上から、原告が本件相続により取得した本件株式は、同族株主以外の株主等が取得した株式に該当するというべきであって、したがって、その評価は配当還元方式によるべきである。
(五) 原告が本件相続により取得した本件株式が、会社の事業経営のために役立ったことはなく、将来も役立つ見込みはない。本件株式は、まさに毎期の配当を受領し得るものにすぎない。そして、それは原告の能力や努力を超えたもの、すなわち本件株式の属性のようなものである。このような株式について、全く実体のない「血縁の力」を想定し、会社の事業経営に参加している勘太郎グループの株主と同様に原則的評価方式を適用して評価することは、公正に反するものである。そして、原則的評価方式による評価の結果、原告は毎年五〇円の配当を受ける株式を一株当たり一万六七四三円の評価において相続し、その相続のために一株当たり八一二五円を相続税名下に負担するという不合理を甘受せざるを得ないこととなったのである。このような事情を考慮すれば、仮に、配当還元方式による評価が相当でないとされる場合であっても、原則的評価方式によって評価するのではなく、S1+S2方式と配当還元方式の折衷方式によって評価するのが妥当である。右折衷方式は、S1+S2方式の評価を一株当たり一万六七四三円とし、配当還元方式の評価を一株当たり五〇〇円とし、折衷比率については、S1+S2方式の評価には七・四〇パーセント(原告が本件相続にかかる本件株式の全部を取得した場合の持株割合)を乗じ、配当還元方式の評価には九二・六〇パーセントを乗じ、その合計をもって株式の時価とするのである。この折衷方式は、持株割合を連続的に株価に反映させることができるのであって、合理的な評価方法である。この折衷方式によれば、本件株式一株当たりの時価は一七〇二円となり、右価額が本件株式の時価というべきである。
第三当裁判所の判断
一 相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によると規定しているが、右「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解すべきである。一般に、市場を通じて不特定多数の当事者間における自由な取引により市場価格が形成されている場合には、これを時価とするのが相当であるが、本件株式のように取引相場のない株式にあっては、市場価格が形成されていないから、その時価を容易に把握することは困難であり、したがって、合理的と考えられる評価方法によってその時価を評価するほかはなく、右評価方法が合理性を有する限り、それによって得られた評価額をもって「時価」と推定することに妨げはないというべきである。
ところで、株式の価額を決定する要素としては、株式一株当たりの利益金額、配当金額及び純資産価額の三つが重要な役割を果たしていることから、取引相場のない株式の評価は、相続税評価に限らず、一般に右の三要素のいずれかに着目した評価方法がとられており、前記第二の三に摘示した純資産価額方式、配当還元方式、類似業種比準方式及びS1+S2方式のほかに収益還元方式等がある。これらの各方式にはそれぞれ長短があるといわれているが、類似業種比準方式は、株価決定の基本要素として考えられている右三要素を斟酌することにより、妥当な評価を目指そうとするものであり、他の方式に比べて難点が少ないという評価がされている。また、収益還元方式、配当還元方式及び純資産価額方式は、いずれも右の三要素のうちの一要素のみに着目する評価方法であって、他の二要素を考慮しないことへの疑問が呈されているが、株式が会社資産に対する持分としての性質を有することからすると、理論上は、純資産価額方式が株式の評価に関する基本的方式であると位置づけることが可能であり、特に業績が順調に推移している会社の支配株主の保有する株式については、その最低限の価額を把握する方式と考えられる。これに対し、配当還元方式は、特に同族会社の場合には、支配株主の意向により、そうでない会社に比べて配当が著しく低く抑えられる傾向があるので、評価額が実体よりも低く算出される結果を招きやすく、少なくても支配株主の保有する株式の評価方法としては妥当でないというべきである。
二 前記第一の三に適示した事実及び〈証拠略〉によれば、評価通達は、取引相場のない株式について、適正な評価を行うため、一般の評価会社をその事業規模に応じて大会社、中会社、小会社に区分し(評価通達一七八)、上場会社に匹敵するような大会社の株式は、上場会社の株式の評価との均衡を図ることが合理的であると考えられるので、原則として、類似業種比準方式により評価し、個人企業とそれほど変わるところがない小会社の株式は、個人企業者との財産評価との均衡を図ることが合理的であると考えられるので、原則として純資産価額方式により評価することとし、両者の中間にある中会社の株式については、大会社と小会社の評価方式の併用方式によって評価するとして、事業規模に応じた原則的評価方式を定め、株式保有特定会社などの特定の評価会社の株式については、純資産価額方式を基本として、その評価会社の特性に応じた評価方法を採用していることが認められる。さらに、評価通達では、一般の評価会社及び特定の評価会社のうち株式保有特定会社等については、取得後の持株割合の低い者の取得した株式を「同族株主以外の株主が取得した株式」として、原則的評価方式に替えて、特例的評価方式である配当還元方式によって評価することとしている(評価通達一七八ただし書、一八九―二なお書、一八八、一八九)。これは、従業員株主などは、一般的に、持株割合が僅少で会社の事業経営に対する影響力が少なく、ただ単に配当を期待するにとどまるといった実質のほか、株式の価額を原則的評価方式により算定することは多大の労力を要することから、評価手続の簡便性をも考慮した取扱いであることがうかがわれる。
以上によれば、取引相場のない株式の評価として、評価通達の規定するところは、会社資産の割合的持分という株式の性質に応じた純資産価額方式を基本として、会社の規模により類似業種比準方式による修正を行い、また、資産構成の特殊性に応じた評価方式を採用し、さらに、株式取得者の会社経営への影響力等による株式取得利益の大小を考慮して、一定割合以下の株式取得者に対しては、配当還元方式という簡便な評価方法を規定したものであり、かかる基準そのものは一般的な合理性を有するものということができる。(原告も、この点を特に争うものではなく、むしろ、配当還元方式を採用すべき基準の不当をいうものである。)。
三1 訴外会社が大会社に該当し、かつ、株式保有特定会社に該当することは、前記第二の四1摘示のとおりであり、評価通達一八九―二によれば、そのような会社の株式の評価は純資産価額方式又はS1+S2方式によって評価するとされており、訴外会社の株式を純資産価額方式によって評価すると一株当たり一万七四七五円になり、S1+S2方式によって評価すると一株当たり一万六七四三円になることは、前記第二の四7摘示のとおりであるから、原告が本件相続により取得した本件株式が、配当還元方式を適用して評価すべき例外的な場合に該当しない限り、右の二つの評価額のうち、評価額の低いS1+S2方式による一株当たり一万六七四三円をもって本件株式の時価とするが合理的であるというべきである。
2 そこで、特例的評価方式に該当するかどうかを検討するに、まず、評価通達一八八が引用する法人税法施行令四条一項一号の「親族」については、同法及び同法施行令に特別の規定等を設けていないから、民法七二五条に定める六親等内の血族、配偶者及び三親等内の姻族をいうものと解すべきであり、原告が上山英介と五親等の血族であることは当事者間に争いがないから、原告は評価通達一八八の(1)にいう同族株主に含まれることになり、評価通達上は配当還元方式を適用する場合には該当しないというべきである。
これに対し、原告は、株式評価における同族とは、共同して会社を支配し得る可能性の濃淡を基準として決めるのが妥当であって、今日においては、六親等の血族に「血縁の力」を認めようとする考え方は不合理であって、右「親族」の範囲を四親等の血族までに限定すべきであると主張する。
たしかに、会社経営への影響力の有無の判定基準として、民法上の親族であることがどれだけ実質的意味を有するのか、六親等内の血族をすべて同列に扱うべきかについては、議論の余地があるところである。しかし、評価通達一八八が規定するところは、一般的には、民法上の親族に対しては影響力を及ぼし得ることを前提として、親族を含む同族関係者の持株数を合算した株式割合をもって会社経営に実質的支配力を有する同族グループを認定し、あわせて、かかる同族株主以外の者が取得した株式については、特例的評価方式である配当還元方式を採用しようとするものであって、このこと自体を不当というべきものとは解されない。原告の主張も、右の点の不当をいうものではなく、六親等の血族までを含む同族株主を、個別的な会社経営への影響力の大小を無視して、一律に扱うことの不当をいうものというべきである。
3 次に、評価通達一八八の(2)の適用の有無を検討する。右通達の規定は、同族株主の中でも、まさに血縁の力の認められる範囲の者の持株割合から中心的な同族株主を認定し、この中心的な同族株主以外の同族株主のうち、取得後の持株割合が五パーセント未満の者の取得する株式については、「同族株主以外の株主等の取得する株式」として、特例的評価方式である配当還元方式を採用しようとするものである。すなわち、評価通達は、同族株主でも親等の遠い者については血縁の力が弱まることを当然の前提として、近親者の持株数の合算により中心的な同族株主を定め、他方、持株割合が会社経営への影響力の一つの徴表であることから、中心的な同族株主以外の同族株主のうち、持株割合が五パーセント以上となる者が取得する株式については、特例を適用しないこととしたものである。そして、〈証拠略〉によれば、特例的評価方式の適用について、株式取得後の持株割合が五パーセント未満という基準を設定した根拠には、会社経営者からみて親族関係が薄いと考えられる四親等以下の血族の持株割合が一人当たり五パーセント程度であるという実態調査の結果があることが認められ、右基準の合理性を一応肯定できるというべきである。また、個別的には五パーセントという区分基準が合理性を欠く場合があるとしても、一般的基準を定立した場合にその基準の内外で差が生じ、僅差で基準の内外に分かれた事例において不平等感が残ることはやむを得ないものというべきであって、その故に区分の基準となる持株割合を七パーセントあるいは一〇パーセントとすれば合理的であるとする根拠はないのである。
これに対し、原告は、その基準は、会社に対する支配力の有無から決せられるべきであって、一律に五パーセントをもって配当還元方式の適用を制限することは不合理であると主張する。
たしかに、複数の同族グループの一つが株式の過半数を有し、経営支配力の差が明らかである場合には、持株割合が過半となる同族グループの株主のみが同族株主となり、他の同族グループの取得株式は持株割合にかかわらず配当還元方式によって評価されることは原告の指摘するところであり(評価通達一八八の(1))、類似の事態は、同一の同族グループ内において複数のグループが存在するときにも想定できるところであるから、持株割合五パーセントをもって同族グループ内における配当還元方式の採用を画する基準とするときは、右指摘の場合との均衡を欠く結果となることもあり得るところである。しかし、同一の同族グループ内における支配グループとその余のグループの形成は、二親等の血族といった近親者間にも生じ得るものであり、ときには近親者間の個人的関係によってグループが形成されることも考えれば、右のグループを親等の距離によって客観的に確定することは困難であり、近親者間の個人的関係に起因することもあり得る会社経営への影響力の優劣を株式評価に反映させることはかえって評価をあいまいなものとすることになるのである。そして、既に説示したとおり、持株割合五パーセントをもって区分することは一般的な合理性を有するものということができ、純資産価額方式も株式の資産価値の評価方法としての合理性を有すると解されるから、右通達の取扱いが個別的に不当となるというためには、右基準によった場合の評価額が「時価」を超え、これをもって財産の価格とすることが法の趣旨に背馳するといった特段の事情が存することの立証が必要というべきである。
本件では、「時価」を鑑定することも検討された。しかし、鑑定申請が撤回された結果、原告の主張する時価の立証としては、次に検討する折衷的な評価方法に沿う意見書が存在するにすぎないが、次に説示するとおり、これによっても右立証があったと認めるには足りないのである。
4 原告は、原告にとって本件相続により取得した本件株式は毎年一株当たり五〇円の配当を受けるだけの価値しかないのに、原則的評価方式によれば一株当たり八〇〇〇円を超える相続税を負担することを余儀なくされるという不当な結果をもたらすとして、配当還元方式による評価が認められない場合には、原則的評価方式と配当還元方式の折衷的な評価方法によるべきであると主張する。
しかしながら、原告の主張する折衷的な評価方法は、配当還元方式を純資産価額方式と対等のものとして、独自の折衷割合によって算定するものであって、しかも、右折衷方式を採用すべき場合と評価基準の規定する評価方式を採用すべき場合との基準も明らかではないのであって、評価通達が行政の公平を担保する一般的基準であることをも考慮すれば、原告の主張する事情があるとしても、評価通達によることを違法ならしめるものということは困難である。
5 以上から、本件株式の時価をS1+S2方式によって得られた一株当たり一万六七四三円としたことに違法はないというべきである。
四 以上を前提として、本件相続に係る原告の相続税を計算する。
1 本件相続により原告が取得した財産の価額、債務の金額等、それを基にして計算した課税価格及び相続税額の計算方法については、本件株式の価額に関する部分を除き、いずれも当事者間に争いがなく、課税価格に算入すべき本件株式の価額は一株当たり一万六七四三円であるから、別表1順号1の「訴外会社の株式」の価額のうち原告の分は、「原告分」欄記載の一億五五七〇万九九〇〇円となる。
2 右によれば、原告の相続税の課税価格等の明細は、右別表1、2各記載のとおりとなり、課税価格は、別表2順号1「原告分」欄記載のとおりとなる。そして、原告が納付すべき税額は、同表順号7「原告分」欄記載のとおりとなる。
右各金額は、いずれも本件更正と同額であるから、本件更正は適法であり、これに伴う本件賦課決定も、右更正を前提として国税通則法六五条一、二項に従って算定されたものであり、適法である。
五 以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富越和厚 竹野下喜彦 岡田幸人)
別紙 訴外会社の株主の状況
(課税時期現在)
氏名等
所有株式数
株
持株割合
%
英介との親族関係
株主グループ
上山英介
424,000
21.95
本人
英介グループ
上山安子
27,450
1.42
配偶者
〃
上山満智子
124,000
6.42
2親等血族
〃
上山直武
27,000
1.40
2親等姻族
〃
上山香代子
124,000
6.42
2親等血族
〃
上山久夫
67,590
3.50
2親等姻族
〃
山口寿一
65,520
3.39
4親等血族
〃
(有)上山不動産
437,360
22.64
関係会社
〃
(有)上山
84,000
4.35
関係会社
〃
吉林真紀子
54,650
2.83
4親等血族
〃
中里真里子
54,650
2.83
4親等血族
〃
高橋美知子
54,650
2.83
4親等血族
〃
武田美年子
75,650
3.92
4親等血族
〃
原告
(英子持株合計前)
143,000
(96,500)
7.40
(4.99)
5親等血族
〃
上山遺児育英会
150,000
7.76
他人
その他
金鳥互助会
18,480
0.96
他人
その他
合計
1,932,000
100.00
―
―
(注)持株割合は小数点以下2位未満四捨五入
(注)(有)上山について、原告は(有)上島であるとしている。
別表1 課税価格等の計算明細表
(単位:円)
順号
区分
原告分
本件相続人らの合計額
1
訴外会社の株式
155,709,900
778,549,500
2
その他の財産
187,846,084
939,230,422
3
取得財産の価額(1+2)
343,555,984
1,717,779,922
4
債務控除額
1,480,518
7,402,590
5
純資産価額(3-4)
342,075,466
1,710,377,332
6
純資産価額に加算される贈与財産価額
―
―
7
課税価格(5+6)
1,000円未満切捨て
342,075,000
1,710,375,000
8
納付すべき相続税額
100円未満切捨て
166,748,700
833,743,500
(注) 順号1、2及び4の「原告分」欄の金額は、遺産が未分割であるため「本件相続人らの合計額」欄の金額に法定相続分(1/5)を乗じて算出した金額である。
別表2 税額算出表
(単位:円)
順号
区分
原告分
本件相続人らの合計額
1
課税価格
(別表1・順号7)
342,075,000
1,710,375,000
2
遺産に係る基礎控除額
―
80,000,000
3
課税遺産総額
(1-2)
―
1,630,375,000
4
法定相続分
1/5
1
5
法定相続分に応ずる取得金額
(3の本件相続人らの合計額×4の法定相続分)
1,000円未満切捨て
326,075,000
1,630,375,000
6
相続税の総額
100円未満切捨て
―
833,743,700
7
納付すべき相続税額
100円未満切捨て
166,748,700
833,743,500
別表3 課税処分の経緯
(単位 円)
区分
年月日
課税価格
納付税額
過少申告加算税
期限内申告
平成三・六・三
一九一、三九四、〇〇〇
七三、七六六、七〇〇
―
更正処分等
四・七・三一
三四六、四八三、〇〇〇
一六九、六一三、九〇〇
一〇、六八八、〇〇〇
異議申立
四・九・四
一九一、三九四、〇〇〇
七三、七六六、七〇〇
―
異議決定
五・六・八
三四二、〇七五、〇〇〇
一六六、七四八、七〇〇
一〇、二五八、五〇〇
審査請求
五・七・八
一九一、三九四、〇〇〇
七三、七六六、七〇〇
―
裁決
六・一二・一三
棄却